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"木のやん"こと木下威征

Author:"木のやん"こと木下威征
オーギャマンドトキオの「木のやん」こと木下威征です。お店にお越しいただくお客様とのちょっとしたやりとり、その日入荷した食材にまつわるエピソード、修行時代の思い出などなど思いつくまま。ありふれた食材をちょっとした工夫でアッと驚く一皿に変えるギャマンなレシピも紹介します。

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アビニヨンの思い出 遂に最終章!

腫れがなかなか引かない自分自身をもてあました僕は意を決してシェフの部屋について行った・・・

「わっははは~」シェフは笑いながら「どれ、見せてみろ」

「え~っ!見せるんですか~?」

まっ、でも、見てもらうのが一番早い。ちょっと恥ずかしいが仕方ない。覚悟を決めた僕はズボンを下ろし、シェフに腫れあがったアソコを見せた。

するとシェフは・・・・

「なんだ、腫れてないじゃん!」、、?!、、、、?!

「しまった~、ここはフランス。アソコもフレンチ・サイズ!!」気がついたときには既に遅く・・屈辱!。

19歳の少年木下、料理以外でフランスのデカさを知った・・・。

完 (Fin)
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アビニヨンの思い出 その8

なかなか症状の改善しない僕は・・・とうとうは意を決してシェフに相談する事にした。

「あの~、相談があるんですけど~」めったにシェフに相談する事などなかった僕が話しかけると、彼は「ど~した?!何か問題か?」と、とても親身に心配そうに近寄って来た。

周りには仲間も大勢いる。「ここでは、ちょっと」と言うと彼は益々心配そうに、ただ事では無い気がしたのか声を小さく「分かった、話しを聞こう。人が気になるなら、僕のオフィスに来なさい。」と心配そうに僕をオフィスに連れて行った。

ドアを閉め「さぁ、ど~した?何があった?」僕は照れくさそうに「実は・・・実は、実は、大事なアソコが・・・」シェフは「んっ?」という顔をして「何だって?今、何て言った?」

僕はもう一度、照れくさそうに。「実は、アソコがジビエのバイ菌で腫れてしまいました!」「2、3日経ちますが腫れも痛みも退きません」「ど~したら良いでしょう?」

「ハッハッハッハ~!!」とシェフのオフィスに大きな笑い声が・・・

つづく

アビニヨンの思い出 その7

ジビエの美味しい季節とは言え・・・

そのジビエのバイ菌によって、ど~やら僕の大事なところは腫れてしまったらしい・・・?!

原因は解ったが、ど~したものか?!ヒリヒリ、ズキンズキン。時間が経つにつれ、痛みが増しているような気が、、、。しかし、場所が場所だけになかなか難しい。
その日はせっかくの休みなのにど~する事も出来ず、とにかく1日様子を見る事にした。

一夜明けて翌日。やはり・・・腫れている。だいぶ痛みは和らいできたが、恥ずかしながら、明らかにいつもの自分サイズではない。

そしてとうとう途方にくれた僕は意を決して、シェフに相談する事に!

つづく

アビニヨンの思い出 その6

冬のアビニヨンでの修行のある日・・・

その日も案の定シャワーを浴びずに疲れ果てて寝てしまった僕は、朝起きてびっくり!!

週に一度の休みともあって昼過ぎまで寝ていた僕だったが、目が覚めるとなんだか大事なところが異常に痛い!

19歳の健康な男子なら当たり前の事だが、朝起きたときには大概痛いほど元気モリモリのはずの「自分」なのだが、その日ばかりは、それとは明らかに違っていたのだ!

しかもヒリヒリするだけでなく、心無しかいつもより「立派」になっている気がする。

とりあえず、シャワーを浴びトイレに行くが、一向に治らない。どうやら、前日、血だらけの手で用を足したにもかかわらずシャワーを浴びずに寝てしまったため、美味しさを追求するために「腐る直前」まで熟成されたジビエのバイ菌が・・・

つづく

アビニヨンの思い出 その5

アビニヨンのオーベルジュで修行していた当時の僕の睡眠時間は、2~3時間あれば良い方だった。普通に考えればひどく少ないが、それも自分で決めた事だった。

ドゥ・カッサーニュにはレストラン部門以外に泊まり客の朝食に必要な分を焼くパン部門があった。普通、レストラン部門の人間はパン焼きはやらないもの。しかし、なかなか出来る経験ではないので、自から志願して、朝5時からのパン焼きの手伝いをさせてもらっていたのだ。

厨房での「追い回し」としての仕事が終って、夜、自分の部屋に戻るのがだいたい夜中の1時か2時。その日、解らなかったフランス語なんかを辞書で調べたりしてからシャワーを浴びて寝る。そして5時にはまたパン焼きの戦場へ!
そんな無我夢中の日々を送っていた。

時には、疲れ果てシャワーも浴びず、そのまま、寝てしまうことも少なくなかった・・・・ が、しかし!!

シャワーを浴びてないと言うことはジビエの血がべったりとついたままの「僕自身」は一体!!!?

A Suivre (つづく)

アビニヨンの思い出 その4

南仏アビニヨンのオーベルジュ・ドゥ・カッサーニュの若き「追い回し」としての下積みの生活の或る日・・・。

相変わらず、毛まみれ、血だらけの手で、火場にいる先輩の悲鳴にも似た叫び声に僕は追われていた。

「ウズラはまだか~!鳩は~!とにかく3羽まとめて持って来~い!」

とにかくお客様を待たせることなく、それでいて、しっかり寝かせて、最良の状態の物を提供するために調理場は戦場そのものだった。僕も必死に毛をむしり、内臓を取り、タコ糸で縛って塩コショーして先輩のいる火場に走った。

前にも書いたように、いくら南仏でも冬は寒い。特に夜は。そんな寒空の下、ずっと毛むしりをしていると、ど~してもトイレに行きたくなる。我慢に我慢を重ねた挙句、ダッシュでトイレに行く訳だが、とにかく厨房からは「早くしろ~!」の声。血だらけの手のまま用を足さざるを得ないことも多かった。結果、僕の「大事なところ」はウズラや鳩の血で染まることとなる。

ある日の営業が終わり、部屋に帰ってシャワーを浴びようと服を脱いだ時、血まみれの「自分」に気がつき「エッ、なんだこれは~!」とびっくりしたのを覚えている。

A Suivre (つづく)

アビニヨンの思い出 その3

・・・・ 肉を焼く時、特に塊の肉を焼く時はに寝かしの時間が必要になる。

焼きたての肉は、肉汁が落ち着いておらず、少し寝かしてやると、肉汁が落ち着き、よりジューシーになるからだ。
だいたい、焼いた時間と同じ位切らずに置いておくといい感じになる。

だからジビエの季節は寝かしの時間を考えると出来るだけ早く毛をむしり、火場の先輩に持って行かないと怒られてしまう。

その日は、いつにもましてジビエのオーダーが続いた。下っぱの僕達は毛まみれになり、そして、ジビエの内臓を手で取りだし、血まみれになりながら、厨房と裏庭を走り回っていた。(つづく)

続・アビニヨンの思い出 

オーベルジュ・ド・カッサーニュの中庭につづく厨房裏口は季節によって様々な実や花が咲く。オリーブの実やタイム、ローリエ。南仏らしい植物がところ狭しと咲き乱れていた。春・夏はまさに「The 南仏!」空は青く、雲一つない素晴らしい天候のもと、中庭のプールサイドでくつろぐ美しい女性たちの姿も良く見えた!

そんな季節も秋から冬になると南仏とはいえさすがに肌寒くなってくる。秋・冬と言えばフランス料理の稼ぎ時。最近では、日本でもジビエを出す店が増えて来たが、本場フランスのその時期は、どこのレストランもジビエ、ジビエ、ジビエ!

ジビエとは野鳥獣のことで10月頃に猟が解禁になり2月頃まで捕る事が出来る。代表的なのは、やまうずら、山鳩、鴨やシカ、イノシン等があり、狩猟民族系の多いヨーロッパ人にとってはたまらない季節だ。

秋から冬の間は、例の厨房の裏口に居る事が更に多くなる。寒空の下、ジビエの毛を処理する仕事が増えるからだ。

オーダーが入ると、羽毛がまだついたまま保存してる鴨やウズラを手に裏口へ走り、調理できる状態に処理するのが僕たちの仕事だ。そうした状態で保存しておいて、ほとんど腐る直前に供するのが一番いいタイミングだとされている。

そんなジビエは人工的に飼育された物と違い、匂いも味も、力強い。

そんな、雪もちらつく、ある夜の事、事件は起きた!!

A Suivre (続く)

アビニヨンで修行の毎日!

僕は19歳の時にフランスに渡った。辛かった思い出。楽しかった思い出。沢山あるけど、そんな思い出を少しずつ、書いてみようと思う。

今日は研修先、アビニヨンでのちょっと切なく、ちょっと恥ずかしい思い出を描きたいと思う。

時は90年代初頭、南仏プロヴァンス地方"アビニヨン(Avignon)。全体が城壁に囲まれた歴史ある街。そんな街の片隅にある、オーベルジュ・ド・カッサーニュ(Auberge de Cassagne & Spa)と言うオーベルジュ・レストランで事件は起きた!(「オーベルジュ」とは宿泊施設付きレストランの事で、田舎街などでよく見かけられる)

当時まだ二十歳(はたち)前だった僕は住み込みで研修を受けさせてもらっていた。もちろん店の中では、下っ端中の下っ端。いわゆる「追い回し」の様な立場だった。

カッサーニュは料理人、サービスマンが常時15人づつ勤務しするほか、フロント係、ドアマン、ベッドメイク&客室清掃係など沢山の人達が働く大型オーベルジュだ。

厨房内では、僕のような下っ端の「追い回し」が4人。それより少し経験のある中堅が5人。それを仕切る各セクションの責任者が5人、そして全てを担う責任者「シェフ」がいるというチームだった。

チーム内には序列があって、先ずは追い回し、次にオードブル(冷菜)担当、次に温菜担当、そして、ソーシエと呼ばれるソース担当の順で成り立っている。追い回しの僕からしてみたら、火場に立つ温菜担当やソーシエなんかは、憧れ中の憧れ。「いつかは俺もあそこに立ちたい!」とそんな思いで毎日、先輩から「あれ持って来い!これ持って来い」と言われながら厨房内をあっちへこっちへ走り回っていた。

厨房には中庭に続く裏口があり、その裏口で休憩の一服をしたり、カキの殻をひたすらあけたり、野菜のかわむきや、何か厨房内でミスしてゲンコツを喰らい鼻血を出しながら立たされたり・・・。何せ追い回しの僕にはそこが定位置のような日々だった・・・ 

A suivre (続く)

Auberge de Cassagne & Spa ← 素晴らしいところです!!
ギャマンの味をご家庭で
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